電脳秘宝館 - 角川武蔵野ミュージアム
東所沢の角川武蔵野ミュージアムで開催の「電脳秘宝館」に行ってきました。
展示協力は青梅の「マイコン博物館」(https://scitech.or.jp/micommuseum/)

オシロスコープと回路
デジタル演算を体感できる 教育玩具
コンピューター黎明期の入出力装置「テレタイプ」
本来の用途は遠隔地間の文書送信用のタイプライター。
初期の電子コンピュータ
電源周りの巨大なコンデンサー


ノートPCが一般にも普及し始めた頃、大阪・日本橋のBit-INNに行ったら
「買ったパソコンで音が鳴らない」というクレームを荒々しく話し出したオジサンがいて、
どうなるのことかと見てたら・・・
応対した若い女性が 巧みになだめ、問題を聞き出し、
「客が買ったパソコンで音楽を再生するには別にサウンドカードが必要」ということを納得させた上に
「これからネットにもつなぐことになるでしょうから」とサウンドカードに加えて通信カードも買わせていった。
あれはプロの応対だったなぁ・・・てなコトを思い出したり。
1970年代のキットで販売されてた「マイ・コンピュータ」
アメリカで発売された「完成品のマイ・コンピュータ」
この当時は電源にこんな巨大なトランスとコンデンサが使われていた。
NECのPC-8001が NHK教育(現E-テレ)の趣味講座で「マイコン入門」が放送されたりした時代
超稀少なラテカピュータ(出荷総数200台)が展示。
実物を見るのは初めて。
ディスプレイは左側の小さなブラウン管。キーボードの位置も固定なのでかなり猫背の姿勢でないと入力できなかったと思われます。
右側のレバーの下に金属棒のフレームがあるのは、ここに指をかけてレバーを操作しやすくするためらしい。
(それだけレバーが固いのだとか)
解像度 64×48 ドット! 640×480 の誤植ではないのです。
Z80のマシン語なら 直接 読み・書きできてコーディングする猛者も珍しくなかったという。
この頃はメモリ容量も小さかったので「プログラムコードそのものが参照データとなるようメモリに配置する」なんて技もあったらしい。
シャープのMZシリーズはカセットから記憶させる方式のことを「クリーンコンピューター」と呼んでいて、OS-9やCP/Mも動作可能だった。
当時 カラーディスプレイ込だと月収の2.5倍という高価だった。
ディスプレイの下の大きな箱は本体ではなく、FDDのみのユニット31万円したという
一般人にはデータ保存はこのカセットテープレコーダーだった
富士通のFM-8。
イメージキャラクターに新人の伊藤麻衣子(現:いとうまい子)さんを使っていた。
たぶんパソコン広告に芸能人を使った嚆矢だったはず。
右奥のプラスチックの蓋の部分は「磁気バブルメモリ」
フロッピー普及以前のメディア
パソコン雑誌が隆盛した時代
松下電器(現:パナソニック)が初めて出したパソコン。
独特のヘナっとしたキーボードは「消しゴムキーボード」と呼ばれていた。
この製品とレッツノートとは直接の関係はない。
大ヒット ゲーム機「ファミリーコンピュータ」も当初は「ベーシックでプログラミングができる、学べる」を押し出していた。
「ゲームするため=オモチャ」に高額は出せないという親御さんを納得させるための戦略でもあった。
パソコン本体とキーボードを分離した最初の機種。
8ビット機としては 漢字入り文書をまともに扱えるようになった最初の機種でもある。

同じ頃に大ヒットした「インベーダー ゲーム」
この展示では実際に遊ぶこともできた。

この頃、パソコンで音楽を創ったり、楽器を操作したりという環境が出来始めた。


このタイプの電話&受話器を見た事の無い人もいるだろうなぁ。
初代 iMac は当時として革新的な筐体デザインを採用。
展示会場は アキハバラがパソコン街だったころをイメージした装飾
16Bitパソコンになって ビジネスでも実用できるとの認識になった
マウスを標準装備した最初の世代
金属活字なので フォントもサイズも固定。
英文と違い文字種が3000超でも足りないという日本語ならではのネックを抱えていた。
(字が汚い私は この和文タイプライターを習得してたりする)
ワープロ専用機の一つOASYSシリーズのうち「ポータブルに持ち運べる」家庭向け
OASYSは業務用ワープロとしてヒットし、専任オペレータがオフィス内の手書き書類を清書する使われ方も多かった。

日本語入力の方式として効率的かつ疲労の少ない優れたキーボードが「親指シフト方式」
Windows95 と Windows3.1 のパッケージ
Windows3.1 は まだ独立したOSではなく、MS-DOSの上で稼働する環境であった。
ノートブックの始祖 ダイナブック。
これよりも前に持ち運べるパソコンは存在し「ラップトップパソコン」と呼ばれていた。
そしてラップトップパソコンはバッテリー駆動ではなく、AC電源接続必須で移動しながらの利用はできなかった。
これはモデムという電話回線を経由してデジタル通信を行う装置
電脳秘宝館はココまで。
ここからは 博物学的なエリア

ここからは 昭和100年展
とはいえ、ほとんどは戦後展だったりする。

メンコでの遊びなんてのも「こちら葛飾区亀有公園前派出所」の連載が終わったので若い世代には伝わらなくなった。
けん玉はエクストリームけん玉と 紅白歌合戦での企画で命脈を保っているか?
昭和40年代頃の住宅の再現
お昼は SACULA DINER で ランチ
プリフィクスコース3000円(税込) は前菜3種、パスタ3種 から1種類ずつ選んで 日替わりデザートが付きます。
+ 1000円でメインとして肉料理(この日はステーキ)が付けられるんですが、前菜の2種目を追加というのは無しでした。
(メロンのガスパチョ という 魅力的なのがあって迷ったんですよねぇ)
・生ハムとマンゴーのタルト
ミルフィーユと同じ構造でクリームチーズ、生ハム、マンゴーを挟んであって美味!
・水タコとナスのアラビアータ クラフトパスタ
水タコとナスを軽くローストした そのまま食べてもOKなソース+具と
クリアなスープに浸ったパスタを 最初は別々に食べて、後から両方を混ぜて食べるパスタ。 これも美味しい。

水タコとナスを軽くローストしてアラビアータソースに浮かべている

熱々のカプチーノ仕立てのスープに浸かったパスタ
別々に食べてから、両方を混ぜて 味変
・パンナコッタ
カラメルシロップはもうちょっと苦くてもよいかも
窓の外の夏空
4Fの 武蔵野テーマの展示の一部
4Fにあった 荒俣宏さんの「ファンタツティック 12(ダズン)」の全揃い。
17世紀~19世紀の博物学図像をテーマに沿って集めて詳細に解説されている名著。
美味しいランチの後は 1Fのマンガ・ラノベ フロアへ
本棚のあちこちにキャラのフィギュア
森薫さんのエマの英語版
森薫さんの「乙嫁語り」の英語版

オシマイ