巡り逢う旅  − イタリア鉄道 寄り道編 −

 

10/22「アルプス越え」

6:00起床。チェックアウト(556)×5 フランなり。
夜明け間近、吐息のような街灯に浮かんでいるパリの街そしてセーヌをタクシーで
駆けて行く。
7:30にリヨン駅。早く着き過ぎた(^.^;)。カフェにてカフェオレと
昨日のチーズロールにて朝食。

8:00 かのTGVに乗り込む。乗り換え無しでミラノまで直通。
座席は今回はちゃんと窓がある。隣の対面BOXシートはカリフォルニアからの一家。
オジサン、オバサンとその娘夫婦の4人。娘さんたいへん美人。

8:30 TGVはゆっくりと南に出発する。ほどなく居眠り・・・(-.-zzzz)。

10:30 キップチェックで起きる。もうアルプスが近いらしく列車は山腹にそって
緩やかな坂を登っている。幾度もトンネルを抜け、鉄橋を渡る。

さすがに世界に誇るTGV。揺れがほとんど感じられない。
アルプスの山々の白い頂きが見え始めた頃、トレーを持ったおじさんが昼食の注文を
取りにきた。
ほとんどフランス語だが数字の呼び方を習った私には「飲み物別で85フラン」という
のは理解できた(スゴイぞ! > 俺 ^_^)。また メニューの内容も
「ハム、キィウィ、牛肉ソテー トマトソース、タルト」と判り さっそく依頼。

スイス国境の駅から 陽気なアメリカ人のおじさんが乗り込んで来て、
先程の家族ともども盛り上がる。

やがてアルプス越え。大半はトンネルであったが、その前後の景色のすばらしいこと。
長いトンネルを抜けたところでイタリア入り。とたんに列車に横揺れが感じられる。
国境にてパスポートチェック。これまでで一番きちんとしたチェックで顔写真との
照合も行われる。検札は駅での停車のたびに行われた。

イタリアの平地にでると、住宅の作りがこれまでとガラリと替わる。
窓が大きく、ベランダやバルコニーがあったりして開放的。
これまでには見られなかった「洗濯物干し」があったりもする。
線路脇に 稲刈りが終わったばかりの田(陸稲も水田もあった)が続く。
 

15:20 ミラノ着。イタリアに入ってから少しずつ遅れ、ついに30分も遅れた。

午後の日差しが照り付けるミラノはパリとは比べ物にならないほど暑い。
かの陽気なおじさんは これからホテルを探すらしい。

 「もうホテルは決まってるの?」
 「ええ、センチュリータワーに」
 「(*.*)うぉー スゴイねぇ、日本人は学生でも金持ちなんだねぇ」
 「いやぁ 働いてますよー(^.^;)」

この旅では逢う人みなに学生と間違えられる。

駅の両替で余っていたフラン(120フラン)をリラに両替。ここで並んでいると
陽気なオバサンに話しかけられる。
ロスからフランス、ミラノと観光中だそうで、日本にも支社のある店のオーナーで
大阪にも行ったことがあるそう。自ら「親日家」といい、名刺をくださる。

 「ロスに遊びに来たら、必ずココに電話ちょうだい。ミラノの両替で
   一緒した って いってくれればいいから。ロスを案内してあげるから。
   いい? 必ず電話するのよ」

とのこと。大変ありがたい(*^_^*)。

続いて CitiBankと提携しているCirrusのATMを見つけたので
20万リラを引き出す。日本でのCitiBankの説明ではイタリアでは
使えないとのことだったが何の問題もなし。

明日のローマ行きの座席指定をしようと窓口に行くが・・・・絵に書いたように
お役所仕事。

 「英語でなら41番の窓口へ行け」

で 41番に行くと

 「ユーロパスは49番の窓口だ」

で 49番に行くと
 
 「入口の機械で整理番号のチケットを受け取れ」

先にそれをされた アメリカからのお兄さん「クレージーなシステムだ!!」と激怒。
私も32人待ちの番号チケットに ホテルのコンシェルジェを頼る事にする。

タクシーにてホテルへ。運転手さんが「えぇ?なんで歩かない?」と聞くぐらいに
近い。地理に不案内だとこういうことになってしまう(^_^;)。

フロントのお姉さん「ヨウコソ! イラッシャイマセ」と カタコト日本語で迎えて
くれる。この人に限らず、ホテルの人達ノリが軽く陽気。
一泊29万リラなりの部屋は シングルなのに「セミスウィート」でTV電話付き。
どうもエグゼクティブな方が商談も出来るようにしつらえてあるらしい。
浮かれて写真を撮り倒す(恥ずかしいやっちゃ ^.^)。

フロントで列車の座席予約を依頼すると、電話にてしばらく鉄道窓口とやりあった
後、歩いて5分の旅行会社を紹介される。
どうもホテルといえども窓口のお役所仕事には勝てないらしい、ロンドンの鉄道との
違いは大きい。

旅行会社ではすぐにローマ行きの座席指定が確保できる。

「禁煙4号車の座席番号15」

これが大きな意味を持つのだが、それはまた別の話(^_^)。
指定席料金5000リラで即手配。駅で待ってる人に知らせてあげたいくらいだ。
ここで ついでに「イタリア語での1〜10までの発音」を教わる。
パリでの教訓から、数字を英語読みしても通じないし 相手も英語読みはしないのだ
から数字は重要なのだ(って そんな基本も調べんと旅行に出たんかいな ^.^;;)。

せっかくなのでドゥモへ。
地下鉄でチケットを買うのにまごついていると、イタリア人のお兄ちゃんが

「オレの あまった。買ってくれ」

と英語にて切符を差し出す。胡散臭くおもいつつも1500リラの定価で購入。
もちろんちゃんと使え、あの兄ちゃんはただの親切な人だったようだ。

ドゥモもステンドグラス、高い天井に圧倒される。カソリックの力 恐るべし。

広場前のMagicというカフェテリアにてマグノリア(赤ワインベースに
柑橘類を加えたカクテル?)を飲むが・・・アルコール度数かなり高し。
カウンターにある山盛りの野菜、ミニクラッカー、オリーブ、ナッツは摘み放題。
腹ぺこでノンだので酔いの回りが早い早い(*^.^*)。
支払いシステムが
「品物を注文して代金を先払い。そのレシートを持ってモノを貰う」
というややこしさなので 酔いが醒めるのを待ってピスタチオの
ジェラート3000リラを購入。

スカラ座へのアーケードを散策。日本人観光客をこれまでになく多く見かける。
女性の二人連れ、新婚さんばかりのツアー、中年夫婦の団体など。
街の物価感覚は日本の2/3〜1/2のようにおもえる。ロンドン、パリより
割安感、値頃感をうける。

「ミラノとかには ジプシーのスリやカッパライがたくさんいる」
との事前情報だったが そんなのは一人もいない。数年前にミラノに行った人の
体験談だったのだが、どうも一掃されたらしい。ジプシーはいるが物乞いや
ささやかな雑貨の立ち売りをしているばかりで 犯罪とは無縁のよう。

片足の物乞いに出会い2000リラいれる。足の不自由さは共感してしまうから。

実は街の探訪に気をとられ、重大なミスを犯してしまっていたのだが
それはまた別の話(またかいな ^_^;)。

夕食はホテルのダイニングにて
 ・スパゲッティ トマトとバジリコのソース
 ・野菜サラダ
 ・ドルチェ(チョコケーキとレモンタルト)

で 2万5千リラ。パスタと野菜サラダは美味いがドルチェはいまいち。

2つ離れたテーブルに 日本人男性3人連れが賑やかに食事。大きな声での会話から
東京でイタリアンのレストランをやっているらしい。
が、たまたま視線があったので軽く会釈したが態度非常に悪し。
てめぇらの店なんぞ 金輪際いかねぇからな!!(-_-#)

夕方はアニメ「らんま1/2」が見れた ゴージャスな部屋のTVでは
これまたゴージャスな「シンディ・クロフォード」のロングインタビューがCNNで
流れる。
さてさて、こんな部屋でどんな夢が見れることやら・・・・。
 
 
 

10/23 「禁煙4号車 座席番号16の客」

デラックスな部屋での落ち着かない朝を迎え、ひとつの教訓を得る。

「一人旅で豪華な部屋に泊まっても落ち着かないだけで値打ちがない(>.<)」

アメリカンスタイルの朝食。リンゴは日本風に甘みの勝った味、クロワッサンに似た
パンはカスタード入り(;.;)。
PM5:00着のローマまで列車で何も食べれない可能性を考えしっかりと食う。
 

10:00チェックアウト、中央駅までは歩いて5分。
30分に列車入構、4号車 座席番号15へ。こちらの鉄道には「指定席車」という
ものは無く、座席毎に指定済みを示す紙が置かれるシステム。
車内を見るとほとんどの座席が「指定無し」状態でガラガラ。わざわざ座席指定を
する必要は無かったようだ。
だが4人がけの対面BOXシートのお向かいには指定済みの紙。

ほどなく指定の主「座席番号16の客」が現れる。一人旅の若い日本人女性であった。

 「すいません、このスーツケースってどこに置けばいいんでしょう?」
 「あぁ 車両のあっち側にまとめて置くとこがあります。案内しましょう」
 
さてこの女性ミヤザキさん、インテリア・ディスプレイ関係のお仕事。
出発直前に同行の友達が行けなくなり、やむなく一人旅中。
EAST END×YURIのYURIに似た可愛いらしい人。
しかもこの旅で唯一私の年齢を言い当てた、勘も鋭いようだ。

21日にミラノ入りし、これよりフィレンツェで6泊、その後ローマで別の友人と
落ち合う予定。
出発前に「イタリア語会話10回コース」に通い、「イタリア語自由自在」という
アンチョコにもびっしりと栞をつけ 準備は万端。しかしご本人いわく 「英語がダメ」
とのこと。お互い一人旅の大変さ、心細さなどなど大いに話が弾む。

「日高さん、フィレンツェで途中下車していただけませんか?
  もう一人での行動は不安ですし、晩御飯も一人で食べるのは大変で・・・」

少し逡巡したが、ユーロパスもまだ余裕がある。「アルザスの教訓(^_^;)」もある。
日程的に一泊しか割けないが同行することにする。

PM2:00 フィレンツェ到着。
まずは駅でホテルの手配、幸い同じホテル アドリアティコ(ADRIATICO)に
部屋が取れる、15万6千リラなり。ついでローマのホテルに到着が延びる事を連絡。

チェックインを済ませ、午後のフィレンツェ観光へ。ロンドン、パリはもちろん
ミラノよりも鮮やかな日差しに「南欧」を強く意識させられる。

「さぁ姫さま、 午後の日差しに風も湧いてまいりました。フィレンツェの街が
  私たちを待っておりますぞ」(声:露口 茂)

とアルノー川に沿ってフィレンツェ散策。私はガイドブックはおろか、
観光案内地図すら持ってないのでミヤザキさんの地図が頼り。

アルノーにかかるフィレンツェ最古の橋、フィレンツェのドゥモ、
ミケランジェロのダビデ像などなど観光。ダビデ像のある美術館ではベルサーチの
オークチュールドレスの展示も合わせて行われていた。
暮れなずむ古都フィレンツェは月が映える落ち着いた街。歩くのにちょうどよい。

そしてミラノでの間違いがここで判明。
「フィレンツェでしたっけ? ダ・ヴィンチの最後の晩餐があるのは?」
「えぇっと・・・日高さん、ガイドブックには特に何も書いてませんねぇ・・・
  あらぁ、最後の晩餐があるのはミラノですよ」

ドッカーーーン(*.*)。わざわざ立ち寄りながら見逃していたのであったぁ!!(;.;)

ホテルへ戻り オマケのウェルカムシャンパンを楽しくいただく。
ここは一泊15万リラなのに4つ星、泊まるならフィレンツェだ。

夕食は「FIGARO」のフィレンツェ特集で紹介の「GARGO」に向かうが
予約で満席。しかたなく近所のリストランテへ。

 ・スパゲッティ ポモドーロ:トマトが美味い!
 ・オッソ ブッコ:とろける美味さの骨髄
 ・子牛カツレツ白トリュフソース:黒トリュフよりやや香りは弱いが
     白トリュフがうまい。
 ・Mixサラダ
 ・チョコソースにくるまれたシュー

量も日本人と見て加減したのかほどよい分量、
二人で7万5千リラとコストパフォーマンスが高い。

隣のテーブル、はじめにいたのはロスから来た老夫婦。9時間で着いたとのこと。
西海岸からはけっこう近いのか(?.?)。ミヤザキさんが英語がダメと話すと
 
 「では 君がちゃんとエスコートしてあげるんだよ」
 「はぁ (^_^;;;)」

入れ替わりに静岡から来たという新婚さん。初々しく シャーワセそうな空気を
撒いてくれる(^_^)。明日ローマにバスで立つとのことで ミヤザキさん残念がる。
きさくな人達で ワインのおすそわけに預かる。
こちらもワインが入ってドンドン話し込む。まだ長い旅程を不安がるミヤザキさんに

「私も5日目はブルーに滅入っていたから、それを過ぎれば大丈夫!」

と 根拠の薄い励まし。でも ミヤザキさん よろこんでくださる。
 

10:30ホテルへ戻る。

ヒョンなことから途中下車となったが、これが旅のおもしろさ。
しかもフィレンツェは思いがけず素敵な街。これが可愛い女性の導きとなれば
これ以上の贅沢はない。
 
 
 
 

10/24 「フィレンツェの別れ、そしてローマへ」

7:00起床、ちょっと寒い。この街も朝夕は冷え込み寒暖の差が大きいのだ。
窓の外は夜明けのフィレンツェ。これまでで一番街の眺めの良い部屋だった。
やがて、朝の教会の鐘の音が流れる。朝焼けの街並みシルエットにマッチして
ビデオを持ち込まなかった事を悔やむ。
まだここにいたいのだが、ローマでの予定もある・・・10:00頃の列車で
ローマへ向かうことにする。

朝の子ども向けTV 「赤毛のアン」「猿飛び えっちゃん」「いなかッペ大将」
「マジカル エミ」「一休さん」・・・新旧とりまぜて日本製アニメで埋め
尽くされている。ちなみに「一休さん」や「桔梗屋さん」の名はイタリア語でも
そのまま。主題歌は「ピッコロボンゾ、ピッコロボンゾ・・・」(^.^)

ミヤザキさんとの朝食の後、この旅の持ち込んだものの使わないでいる雑貨を
引き受けてもらう。

 ・靴ズレ用のパッドシール
 ・ウェットティッシュのポケットパック
 ・フリーズドライの「おかゆ」
 ・鼻炎カプセル   等など

まったくもって雑貨ばかり、気のきかないことおびただしい(^_^;;)。
 
9:30には駅に着くも時刻表をチェックしなかったため 列車は10:25発。
1時間ほどの待ち時間をカフェで過ごす。旅のはげまし、お互いの無事を祈り、
ローマと日本での連絡先を交換。

 「もっとここにいてくださればいいのに・・・ また一人で不安です・・・」
 「なーに、困ったことがあったらローマのホテルに電話しな。
   フィレンツェまですーぐ飛んで帰ってくるから」
      (声:山田 康夫でよろしく ^_^)

二人の写真を駅員さんに撮ってもらうも逆光でマックロであった(;.;)。
ミヤザキさんとても別れを惜しんでくださる。ほんとにもう一日いたいと思う・・・。

10:15 列車に荷物を入れる。
 「どうか ご無事で。楽しい旅となりますように」
 「はい。 日高さんも どうか お気をつけて」
 「はい(^_^)。また日本でお会いしましょうね!!」

 ♪ここで 一緒にいれたらいいと ねだる瞳のいとおしさ〜
   その場しのぎの はげまし言ってぇ イタリア一人旅ぃぃぃ
     (このオッサン壊れとるぞー ^_^;;;)

また いい人に逢えた。ぜひ無事に旅を楽しんでほしい。
 

列車はなだらかな丘陵とトンネル、鉄橋を幾つも越えて 3時間かかってローマ着。

ローマでのガイドブックは「JTBのポケットガイド144 ローマ」。
たまたま「昭文社 個人旅行シリーズ」が本屋で切れていたので間に合わせに
買ったのだが・・・ はっきりいおう「使えない!」。 特に一人歩きでうろうろ
する人間にとって、地図が大ざっぱで ページ毎の境界の情報が不足している
このガイドは全然使えない(>.<)。

タクシーにてホテル ヴィラフランカ(HOTEL VILLAFRANCA)へ1万リラふんだくられる。
ココのホテルは一泊16万リラなのに3つ星(^_^;)。
チェックインももどかしくヴァチカンへとタクシーで向かう 8000リラ。

サンピエトロ広場(PIAZZA SAN PIETRO)にて下ろされたが、システィーナに向かう
にはグルリと回り込む必要があった。
「ヴァチカン博物館(ミュゼ ヴァチカン)!」と言わないといけないのであった。

ヴァチカン博物館(MUSEI VATICANI)の奥にシスティーナ礼拝堂(CAPPELLA SISTINA)は
ある。12000リラで入場。
今日は時間もないのでA〜Dまである見学コースのうち一番短時間で回れる
Aコースで巡っていく。また日を改めてやってくるつもりだったのだ。

そして あのシスティーナ礼拝堂にいたる。・・・・しばし無言・・・・
「最後の審判」と「旧約聖書の天井画」のほんものがそこにあった。
首が痛くなるが 天井の絵はいくら見てもあきない。「光と闇」「天地創造」
「動物誕生」「アダムの創造」「イブ」「誘惑」「追放」・・・
そして「最後の審判」の鮮やかな青に浮き上がる群像。

各国からの観光客のざわめきで満ちた部屋で時間を忘れてボーと見惚れていた。
我に帰って、知り合いに絵はがきを書く。
ガイドブック、ヴァチカングッズ(ここでしか扱っていないありがたいモノ らしい)
を買ってサンピエトロ寺院(BASILICA DI SAN PIETRO)へ。

まず,もはやの恒例のドーム登り6000リラなり。グルグルの螺旋階段の後、
ドームの傾きに沿った階段をテクテクと登ってやっと頂上へ。
ローマの街が一望できる。
ここの急な階段は次にローマに来れる時には登れまいと思うと感激もひとしお。

階段を下り、サンピエトロ寺院の中へ。絢爛豪華すぎて素朴な感動にはならない。
ミケランジェロのピエタをはじめとした彫刻群はさすがにカソリックの総本山である。

18:00 ホテルに帰ろうと歩きだしたがこれは間違いであった。
途中、ベルルスコーニ氏のインタビュー現場に遭遇したりしつつも
日暮れてホテルは遠く、1時間歩いたところでタクシーを拾う。

夕食はテルミニ駅近くのピザテリアにて。

 ・フンギ(きのこ)リゾット: ちょっと塩味かちすぎ
 ・スカロップのレモンソース: これもしょっぱい
 ・ドルチェ: スポンジが固くてぼそぼそのチョコケーキ マズイ

で 3万4千リラなり、高い。
昨日が美味しく賑やかだっただけに、寂しい夕食と思ってしまう。

ホテルのTVはイタリア語放送のみでCNNは流れず。
モスクワ空港のストがどうなったか気がかりだが・・・。

歩き疲れたのか 一気に眠ってしまう。
 
 

10/25 「ローマの翌日」

長い旅も最後の街にたどりついて、あと二日。
日本からもちこんだガイドブックは地図が使い物にならない。結局JCBが
くれた地図を頼りにする。

10:00  頼りのJCBプラザに行き、免税品の安い店を紹介してもらう。
買物街のベルベリーニを下りスペイン広場(PIAZZA DI SPAGNA)に向かう。
有名なスペイン階段にヘップバーンはいないが各国の観光客はたくさんいる。
焼き栗売りは「伊・仏・英・独・日・韓・・」と呼び込みの言葉を使い分ける。

さて、イタリアの街の女性も美人が多い。フランスの美人にくらべると
どこか庶民的な雰囲気がある。それとイタリア語は母音で終わる単語が多く、
会話の音節が日本語に近いのか、日本語ではなしかけられたと勘違いする
場合も多い、そう「街中 空耳アワー」状態。

有名ブランドがならぶコンドッティ通り(Via Condotti)でブルガリだのグッチだの
の店頭写真を撮る。プラダ、フェラガモ等などには日本人女性が必ずいる。
お金持ちが多いんだなぁ。

1760年創業の「カフェ・グレコ(CAFFE GRECO)」にてストロベリータルトと
ココアで6000リラ。タルトのカスタードが粉っぽくてマズイ。
今のところイタリアのお菓子ははずれてばかり。

文具店チェントロ・カルタ・ヴェルテッキ(CENTRO CARTA VERTECCHI)にて
最後の晩餐の図柄のファイルケース等購入(32万リラ)。

トレビの泉(FONTANA DI TREVI)へ向かう途中のピザテリアにて昼食。

 ・ピッツァ マルゲリータ
 ・グレープフルーツ

で1万5千リラ、味はハズレ。マズくはないが美味くもない。

トレビの泉は建物に囲まれるようにしてあった。ここも観光客と鳩でいっぱい。
ジプシーの物売りもたくさんいるが、噂に高い(?)スリやカッパライは
いるかどうか不明。当然のように泉にコインを入れる。なんでも彫刻が傷つくので
止めて欲しいとのことなので、そうと背中越しに 落とすように泉に入れた。
ささやかな気づかいではあるが・・・。
これでまたここへ戻って来れる日があるだろう。

泉の近くの食料品屋にて「トリュフ瓶詰(日本の1/3の価格)」、
「干しフンギ・ポルチーニ」等など20万リラ分購入。

ローマ最大のデパート「リナシェンテ(LA RINASCENTE)」に行くも、ウィンドウ
ショッピングのみですぐにでる。

いろんな服屋を見て判ったのは、特に有名なブランドでなければ30万リラも
だせばかなりいいスーツが手にはいるらしい事。コートにしても70万リラ程度で
なんとかなるようだ。おなじようにブランド物もお安いのだろうが、こちらは
詳しくないのでなんとも言えない。

ローマのお店には午後の昼休み時間があるので、いったんホテルへ戻り一休み。
ローマの移動は徒歩+タクシーが主となってしまいがちで移動費がバカにならない。
アエロフロートのローマ事務所に電話し、出発時刻を確認。
モスクワの出発が30分早くなるとの情報を得る。

一休みの後、JTBにて教えてもらった免税店で頼まれ物アレコレを32万リラ購入。
免税価格からさらに20%引きだそうな。オマケとして男性香水のミニボトルを
つけてくれようとしたが、使わないので断わる(^.^;)。

そのまま歩いてコロッセオ(COLOSSEO)へ向かう。
1900年も前に造られた巨大な競技場跡が今に残る。
東の島国で「万世一系」を騙る一族が成立する500年も前、強大な権力と市民と
自治があった証しなのだ。

2Fに登るには8000リラなり。北海道から来たという男子高の一団がいた。
ブレザーの制服は詰襟よりはずっとマシだが・・・丸坊主はねぇ。
コロッセオの西側では音響器材のセッティング中。日曜日にここを舞台とした
「コンチェルト」があるそうだ。

続いてテクテクとヴェネチア広場(PIAZZA VENEZIA)を目指す。道すがらオレンジの
生絞りジュース(3000リラ)とスイカ切り売り(3000リラ)を購入。
たどり着いたヴェネチア広場ではジプシーが警官に追っ払われていた。

広場そばのジェラテリアでピスタチオのジェラート3000リラなり。美味い!
ローマのドルチェはジェラートにかぎる?

ふと思い付いて、ミヤザキさんが泊まるはずのホテルの住所を店主に尋ねてみた。
なんと 通りのお向かいであることが判明。せっかくなので絵はがきにメッセージを
残し、フロントに託す。

すでに日暮れていたのでホテルへ戻るが、これもタクシーにて。ローマのタクシー
運転手は皆「ジャン・アレジ」である(^_^;)。この時も乗り込んですぐ、まだ
私が中腰の状態なのに、ストレートからカーブを攻めてくれたおかげで後部座席で
コロコロと転がるハメになった(^_^;;;)。
 

夕食の場所を探してうろうろしている時、ふと気配を感じて後ろを向くと若い男が
あからさまに怪しい距離にいた。さして狭くない歩道で すぐ後ろにいた上、私が
気付くとそそくさと通りを渡り、人込みに消えた。
たまたま 後ろを歩いていただけかもしれないが、この旅で唯一の「怪しい人物」
であった(えっ?あんたが一番怪しい? いやごもっとも ^_^)。

そして、夕食はテルミニ駅近くの「ミーノ(MINO)」へ。
日本語のメニューもあり、セットメニュー6万5千リラ。

 ・モッツァレラチーズ+トマトの前菜:美味い
 ・魚介のリゾット:大変美味!
 ・スズキの炭焼きワインソース:美味い
 ・ドルチェ クリーム+スポンジ:美味い

で 大当たり! ローマで食った中で一番美味しい。

ここでは、日本旅行の添乗員さんと会話。新婚さん一組の案内中とのことで、
その新婚さんが食事しているマングローヴィア(MANGROVIA)と ここは姉妹店、
そしてオーナーが日本人であるといったことを教わる。
また、スペイン広場横のアメックスのそばのレストランが美味しいと勧められる。
 

ホテルに戻り、TVニュースを見るもイタリア語なので ちんぷんかんぷん。
深夜になると、どうもイタリアでのダイヤルQ2にあたるシステムのCMらしき
ものが延々と流れる。日本でいうところのノーカットAVがガンガン流れている・・・。
 
 

10/26「ローマ観光は1日にしてならず」

8:00起床。朝のTVはグレートマジンガー・・・。

地下鉄「チルコ・マッシモ(CIRCO MASSIMO)」から徒歩で
「真実の口(BOCCA DELLA VERITA)」に向かう。
駅から30分も歩いてたどり着いた小さな教会の出入り口にそれはあった。
まだ時刻が早いせいか人気はなく、閑散としている。
ついでにその小さな教会「サンタマリア・イン・コスメディン(SANTA MARIA IN
COSMEDIN)」にお参り。小さく地味な内部だが他が特別すぎるのだろう。

1000リラにて蝋燭を灯し、外へ出ると日本人の団体さんで賑わっている。
だが時間が限られているらしく、あわただしくお互いに口に手を入れて写真を
撮ってはバスに走って(そう ほんとに走って!)帰る。
観光ツアーというのはかくも忙しいものなのかぁ・・・・

私も団体さんの後に来たドイツからの家族連れにシャッターをお願いする。
人のコトを言えた義理ではない(^.^;)。

ローマには観光客相手の馬車がいくつも走っている。ちょうど客待ちの馬車がいたので
値段を聞いてみた。
 
 「ヴェネチア広場までは いくら?」
 「15万リラだ」
 「高い。乗れん」
 「なら8万リラでどうだ?」

ワハハハ ふざけた値段である(^_^)。

歩いて「アイ・モナステリ(AI MONASTERI)」という修道院ブランドのハーブ屋に
向かう。途中の教会では結婚式が盛大に行われている。花嫁はたいそう美人。
小1時間も歩いて着いた店にはハーブ酒、オイル、茶などいろいろある。
が 当然ながら説明がすべてイタリア語。香りと効用が判読出来ないので購入を断念。

その足で次はトレビの泉そばの「モリオンド&ガリーリオ(MORIONDO & GARIGLIO)」
というマロングラッセとチョコの店へ。小さな店でやや判り難い場所にある。
名物のマロングラッセを200g(1万1千リラ/100g)分買おうとしたら・・

 「3日しか日持ちしないが かまわないか?」
 「えっ? 日本へのお土産に持って帰るつもりだけど・・・」
 「No No 日本まで持たない」

あぁぁぁぁ残念。

昼食にスペイン広場に向かい、教えてもらった店を探すも見つけられず。
適当にはいった店にて
 
 ・スープ
 ・カネロニ

で3万8千リラ、美味いには美味いが値段は高過ぎる。お向かいのテーブルに
美少女がいたので我慢する(おいおい^_^)。
 

タクシーにて再度のシスティーナへ・・・・が ガイドブックには16:00
までとあるのに今日は13:00でおしまい。泣く(;.;)。 まったく役立たずで
クズなガイドブック!
仕方なくサンピエトロ寺院にお参り。明日のミサの準備で色んなところが
仕切られ、椅子並べの真っ最中。主祭壇の前でしばし休息。
素敵な女性と出会えた、この旅の幸運を感謝しておく。

バスにてホテルに戻りまた休憩。システィーナに入れなかったショックが大きい。
夕方近く、買い物と散歩にローマ三越、免税店アウリーガ(AVRIGA)へと向かうが
魅かれるもの特に無し。日本人団体の買い物パワーに疲れてしまう。
そのままリストランテを探して散策。途中ローマに沈む夕日を坂道の階段から眺める。
ヨーロッパで見る最後の夕日。

夕食は
 ・アーティチョークパテ
 ・スパゲッティ ポモドーロ
 ・スカロップ ワインソース
 ・フルーツミックス
 ・カプチーノ

で 4万リラ、可もなく不可もない味。

ホテルに戻り、帰国のための荷作り。各地の博物館で買いあさった本が重い。
結局ローマで買い物というのは品揃えという面からは失敗だったようだ。
価格はたしかに安いようなのだが・・・・。

最後の夜の眠りにつく。
 
 

10/27「さようならローマ」

これでヨーロッパともお別れ。タニグチさんは日本に着いた頃だろうか・・・・
ミヤザキさんは無事フィレンツェを楽しんでらっしゃるだろうか・・・。

朝8:00に起きたはずなのにTVのニュースは7:00! イタリア語の
張り紙が読めなかったせいだが、今年は昨日10月26日まで夏時間だったのだ。
フロントにて先に精算を済ませ、部屋で時間潰し。

9:00 チェックアウト。
陽気で賑やかなフロントとこれまた賑やかに別れの挨拶。駅までの石畳をスーツ
ケースを転がしていくのはけっこう骨が折れる。空港直通列車のホーム24は
駅の右手奥でさらに遠い。

直通列車はほぼ満員10分遅れの9:35出発25分ほどで空港到着。
アエロフロートカウンターでチェックインを済ませ、余ったリラの両替にいく。
が最小1万円単位で残りはリラのまま! 仕方なくスナックバーでサンドイッチ+
ドリンクで消費。DutyFreeを覗くも買い物気力が尽きて何も買わず。

12:20 バス+機体タラップで搭乗。モスクワ行きはイリューシンなのだ!(^_^)
 ILYUSHIN IL-86-18
  全長  59.54m
  全幅  48.06m
  エンジン Kuznetsov NK-86
  乗客  350人
  最大離陸重量 20.6t
  巡航速度 900km/h
  最大高度 1.1万m
  航続距離 5000km

13:05発のはずが1時間遅れ。きついロシア訛りの英語からかろうじて
判ったのは病人が出たためとのこと。

イリューシンのビジネスクラスシートはエコノミーと大差なし。3−3−3の
配置で若干幅が広めな程度。機内食(メインは鴨)もエコノミーと変わらず。
紅茶濁っていてマズイ。
イリューシンのトイレ配置もマズイ。ファーストクラスはともかく、
ビジネスとエコノミーは機体最後部に6つまとめてあるトイレを使うはめになる。
機体前部にあるビジネスが一番不便。しかも狭い後部に6つもトイレを集中して
いるので、同時にドアをあけることが出来ない!

出発の遅れにも関わらず、ほぼ定刻にモスクワ着。
時刻が19:00なためか ロンドン行きの時に比べて若干雰囲気が明るい。

DutyFreeはまたも冷やかしで終わる。唯一ロシア・コカコーラが
作っている「BON AQUA」というドリンク1本1$を3本購入。
この空港のメインの両替ではルーブルとの両替を行っていない!
そのためアイスクリーム(ルーブルのみ通用)が買えず。

出発2時間前になったので指示通りトランジット・オフィスに行くと、
「22:00からの受け付けだから、これで夕食を食べなさい」と「DINNER券」
と書かれた板を渡される。行きの朝食券と同様のものらしい。

ここで在日12年のスリランカ人と知り合う。なんでもキエフからの帰りだそうで、
 ・キエフの治安が悪くてホテルと恋人の家、レストランの3ヶ所しか
   行けなかった
 ・ホテル1泊90$もするのに暗くて汚かった。
 ・キエフの恋人とは 富山のロシア人パブで知り合ったホステスさん。
 ・この旅行のことは奥さんには内緒(ってあんたねぇ ^_^)

二人で「ディナー」を貰いに行く。今回は行列は無かったが・・・・

 ・茹でた味の無い鶏の骨付きもも肉
 ・パサパサの蒸しコメ
 ・固くて酸っぱい黒パン

である。きっと鶏肉があるので豪華な一品なのだろうけど・・・・(;.;)。
これを食べつつ、在日外国人が海外に出る苦労、二日かかりで取ったロシアの
トランジットビザがいらなかった話などなどを明るく楽しく話してくれる。
他にウィーンから同じ飛行機になったという日本人4人組(OLらしき二人、
語学研修の女性、30代の男性)とも知り合い、ウィーンの話などを聞く。
かの地では「オーストリア建国1300年」にちなんだ事は特に行われていない
とのこと。
 

23:15ボーディング。
今回のビジネスは7人。うち日本人は私を含めて3人。一人は食事中に
煙草を吸う大バカ野郎。
担当のスチュワーデスは二人。こちらの担当はちょっと痩せ過ぎだが 美人である。
機内食は初めてビジネスらしいモノ

 ・前菜(ハム他)
 ・温めたてのパン
 ・サラダ
 ・メインはチキンのキエフ風カツレツ
 ・デザートはフルーツ、チーズ、ケーキ

なるほどチキンが美味しい。あの空港で配っていたのはなんだったんだろう。

食後はおやすみタイムでぐっすりと眠る。
目が醒めると機外はすっかり昼。一面の雲海にどこを飛んでいるのか
さだかにならず。
 

朝食もまたビジネスならでは(?)の質の高さ。
 ・ハム、フルーツ、デニッシュパン
 ・パンケーキ
 ・チーズ

でパンケーキが美味い。

機外、雲が切れ陸地が見え、まもなく大きな海にでる。日本海を横断しはじめたのだ。
やがて 新潟あたり?が見える。 近畿に近づくとまた雲に隠される。

ゆっくりと高度を下げていき、次に雲が切れたのは鳴門海峡の上空。
そして 関西空港に16:30無事着陸した。
 

長い長い旅がこれで終わった。
ロンドンの友達に逢えなかった事だけが心残りだが、
至宝の芸術、建物、そして人に出会えた良い旅だった。
 

秋のヨーロッパには素敵なことがたくさん隠れています。
つぎはあなたが素敵なヨーロッパを見つけてください。